声をかけられたことを次々やって。
仕事を辞めたら、 仕事がふえました。

日の出とともに出勤し、出港する船を見送ったら30分ほど堤防を散歩する。
20トンを超える大漁の日は、町内放送で人手を集めて仕分け作業。
「村張り」という株主全員参加のお助けシステムだ。
高校までを室戸で過ごして関西の大学を卒業。
就職してからは四国以外に住み暮らす転勤族だったが、退職し、61歳で室戸に帰った。
ふるさとの記憶は薄く、浦島太郎の心境。
「あんな田舎じゃ何もすることがない。まぁ、畑でもするか…」
ところが、次々に仕事の声がかかる。漁業組合長、市会議員、そして現職。
定置網漁を束ねて組合でなく株式会社にしたのは、高知県で初の取組みだった。
「台風で、潮の流れが早い高岡の網がすべて流された。そこで県や市の援助も受けて、法人化したのが1年半前」。
初代社長を拝命したが、
「素人がなに言うが!!」の声もあがる。
静かに発奮した。
学生時代は理工系。会社時代に培ったマネジメントの経験と合わせて、同業者や高岡港の過去25年の実績を徹底分析。
方針を出して「組織」への一歩を踏み出す。
「軌道に乗せるまで3年はかかる。1年目の去年は目標額を超える売上げで、これには県も銀行もびっくりでした。ふふふっ」
365日の晩酌と碁を打つのが、元気の秘訣。
大らかな笑顔も情熱も、傘寿を過ぎたとは思えない若々しさだ。


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