菓子を究め、 菓子で作った人生だ。
いずれは、ふるさと室戸に恩返しを。

スカイツリーを仰ぎ見る、東京は墨田区東向島。
人情味豊かなこの下町風情の一画に、「菓子遍路」の文字がひときわ目を引く。
ついつられて店をのぞいた人は、「あ、やはり土佐の男だ」とびんとくるだろう。
心意気に富んでいるのだ。しかしその男が、
菓子の世界で名の売れた「師」であることには、すぐに気づかないかもしれない。
腰が低く、けっしてエラそうに振舞わないから。
酒井哲治。生まれも育ちも室戸である。
父は根っからの菓子職人だったが、酒井家末っ子は若き日、将来に迷い、人生を考えた。
思うところあって東京に出る。向かった先は日本菓子専門学校。
ふるさとを飛び出したのに、やはりそこだ。
「餅屋は餅屋ですね、あはは」。
ただし、そこからが並みの男ではなかった。
まさに寝食を忘れての修業暮らしだ。めきめき力がついた。
修了し、銀座や神田の老舗でさらに高度な技術を身につけた。
実力を評価され、母校の専門学校から教師として招かれる。
「勉強時間が増えるから……」とそれに応じた。
むろん菓子学の勉強だ。やってもやっても奥が深い。
20年、教師を続けた。教え子は全国に3,000人を越える。
五十路を機会に、再び職人として始めたのがこの店だ。
「一哲」は、一徹でもあるのだろう。
物腰は柔らかいが、このうえなく頑固である。
ふるさとへの愛は深く、「青い空と広い海……」望郷の念は強い。
菓子を究めた先の大きな夢の舞台は、やはりあの室戸の大地か。


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