地元の素材を地元で加工して、地元で飲むのが、いっちゃんうまい。

「3年ばぁしたら帰ってこい」と言われて大阪に出た。時はバブル期。
石油会社に就職してガソリンスタンドで働き、様々な人を見て社会のしくみを覚えていった。
5年が経っていた。
高田隼人は、創業100年を超える老舗乳業メーカーの4代目である。
祖父も父も酒豪の家系。
未明の2時から夜7時8時まで牛乳作りに励み、今でもそこから飲みに行く。
「若い頃は寝ずに仕事をしたね~」
八幡宮の秋祭りなどにも積極的に参加し、室戸のPRのために率先して「6月10日=むろとの日」を制定。
玄人はだしの喉で自作の曲“ソング室戸”を披露するなど、多才ぶりを発揮した。
「人を動かすのは人。
自分のとこだけでなく室戸全体の底上げをするには、他所から来た人の評価や意見を聴くことが大事」が持論だ。
高田乳業では、100%佐喜浜川(さきはまがわ)の上流にある牧場の生乳を原料にする。
「大手と競合はできないが、その土地の空気を吸いゆう原乳は味がちがう。
それを地元で牛乳にして地元で飲むのが一番」と、室戸市や東洋町の給食に提供。
牛の模様のトラックに乗って、昔ながらの牛乳瓶で、個人宅には1本ずつでも玄関先まで届けている。
将来やりたいことは、バイクに釣りにシャモの世話。
ラジコンは、箱に入ったまま出番を待っている。
自慢の牛乳でモッツァレラチーズづくりも構想中。
“ 室戸の若大将”と呼ばれた粋人は、まだまだ、1日が2 4 時間では足らない暮らしが続く。

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